指導日記|高校中退から、獣医学部へ ── いじめが、転機になった
その生徒さんとのお付き合いは、中学生のときから始まりました。
来た当初は、決して成績がいいとは言えませんでした。でも、真面目に通ってくれました。基礎から積み直して、少しずつ穴を埋めていったら──伸びました。それも、かなり大きく。
私は嬉しかった。ご家庭も喜ばれました。本人も、勉強が楽しいと言うようになりました。
そして、高校に入ってから、いじめが始まりました。
「いい子」が、狙われる
正直に申し上げます。これは、珍しいことではありません。
私は28年、この現場にいます。その中で、何度も見てきました。急に成績が伸びた子が、その直後に標的になる。
きっかけは、たいてい些細なことです。テストの順位。先生に褒められたこと。進路の話。それまで同じだと思っていた子が、ある日、自分より前にいる。それが我慢ならない人間が、一定数いるのです。
大人の世界と、何も変わりません。成績が上がったから狙われた。それは、この子の落ち度ではありません。
でも──だからといって、その環境に残す理由には、なりません。
「戻らなくていい」と、私は言いました
ご家庭は、悩んでおられました。進学率も悪くない高校です。ここで辞めたら、この子の人生はどうなるのか。無理をしてでも通わせるべきか。転校させるべきか。
多くの塾なら、「学校に戻れるように支えます」と言う場面だと思います。
私は、言いませんでした。
戻らなくていいです。前に進みましょう。
環境は、変わりません。加害者も、変わりません。担任が変わっても、指導が入っても、中心にいる子は変わらない。期待する時間の分だけ、この子が削られていくだけです。
そして、この子には、はっきりとした武器がありました。伸びる、ということが、すでに証明されていたのです。中学時代に、それは見ています。だったら、その力を安全な場所で使えばいい。
ご家庭は、私を信じてくださいました。そして、中退という決断をされました。
高校卒業を、目指すのをやめた
ご家庭から、こう言われました。
「払えるだけ、精一杯お支払いします。高校に行かなくても大学に合格できるだけの力を、つけてもらえますか」
私が提案したのではありません。ご家庭が、そう決めて、そう言ってこられたのです。
覚悟の言葉でした。高校を捨てる。その分を、全部この子の学びに賭ける。親としては、相当に怖い決断だったはずです。周りは反対したでしょう。「高校くらい出ておかないと」と言う人は、必ずいますから。
私は、お引き受けしました。
まず、高等学校卒業程度認定試験(高認)を取ることにしました。高校を卒業していなくても、大学受験の資格が得られる国の試験です。合格すれば、大学も、短大も、専門学校も受験できます。
そして、計算は単純でした。
高校三年間のうち、大学受験に直結する時間は、実はごく一部です。行事、部活、通学、人間関係──そして、あの教室。それを全部やめれば、数年間の時間が、まるごと空くのです。
ご家庭が差し出したのは、お金だけではありませんでした。この子の数年間でした。だから、私も本気で受け取りました。
安全になった脳は、よく働く
学校から離れた途端、その子は、また伸び始めました。
当然のことだと思います。それまでその子は、勉強に集中できる状態ではありませんでした。教室にいる間、頭の大半は「今日は何をされるだろう」で占められていたのですから。恐怖に使っていた分の脳が、そっくり勉強に回った。ただ、それだけのことです。
高認は、無事に合格しました。
そして、その子は言いました。「獣医学部を受けたい」と。
遠い目標でした。でも、私は止めませんでした。この子には、時間がある。学校に取られるはずだった三年間が、まるごと手元に残っているのですから。
結果
第一志望の獣医学部に、合格しました。
高校に通い続けていたら、おそらく届かなかった大学です。これは慰めではなく、時間の計算の話です。
合格が決まったあと、その子はこう言っていました。
「獣医師になれば将来も安定するし、いつか楽しく開業もできる。その準備も先生が手伝ってくれると言ってくれている。──もし、いじめられていなかったら、この大学には合格できていなかったと思う」
いじめは、許されることではありません。あの子が受けた仕打ちが正当化されることも、絶対にありません。
でも、あの子は、それを分岐点に変えました。
そして──あの子を潰そうとした人たちは、あの子が獣医学部に行ったことを、たぶん知りません。
伝えたいこと
もし今、お子さんが学校に行けなくなっているなら。
その道は、行き止まりではありません。
高校を卒業しなくても、大学には行けます。学校に行かなくても、学べます。むしろ、安全な場所で、自分のペースで学んだ方が伸びる子は、たくさんいます。私は、何度も見てきました。
そして、やり直しに年齢制限はありません。高認は16歳以上なら誰でも受けられますし、大学受験に締切はありません。二十歳でも、三十歳でも、四十歳でも、行きたい場所があるなら行けます。遅すぎることは、一度もないのです。
いま、お子さんが教室に入れないでいるとしたら。それは、失敗ではありません。
避難です。
避難した先で、何をするか。それだけが問題です。
一人で戦わせません。
▶ 併せてお読みください:いじめられたら、親がすることは5つだけ
※生徒さん・ご家庭のプライバシーに配慮し、内容の一部を変更しています。








